オープンソース・プログラマも知っておきたい商標のこと(その1)
オープンソース・プログラミング言語Perlの商標が 第三者によって登録されたことが話題になっている
この者はPerlのみならずRUBY Python Apache OPENSOURCE Jakartaなどについても申請をしている
北畠徹也氏が「RUBY(ルビー)」と「Apache(アパッチ)」を商標登録している件
これに対してどうやらPerl Rubyコミュニティでは 専門家を交えて何らかの対策を検討しているようだ
Perl商標に関しては「気持ち悪い」ということ以外 事実上問題はない、というのが現在の認識。ただし、だからといって何もしないというわけではないですよ。すでに先日よりあちこちに連絡を取ったりはして動き始めています
登録商標について。Rubyはおそらく成立しないだろうけど、阻止すべくアクションを取ることに(有料)。いろいろ聞いたけど、結論としては、早急にアクションを取るべきはむしろPerlの方ではないかと。詳細はここには書かないけど。
オープンソースの社会的役割が増すにつれ この種の問題は今後も増えていくことが予想される
一方
オープンソース・プログラマの商標についての知識は 現状では相当イタい
先に行っておくと、Perlに関しては多分安心していい。すでに「本家」である The Perl Foundation が国際商標登録しているのだ。
404 Blog Not Found:All your name are belong to Tetsuya Kitahata!? (lol)
「出願」を「登録」と勘違いするなんて 「free」を「無料」と訳すようなものである
こっちも知識に相当ホコリが積もっているけれど このまま見過ごすこともできないので ここで少し商標の基礎知識を解説して オープンソース・プログラマの知識レベルの向上を図りたいと思う しっかりと学んでおくように!
商標とは商品・サービスの識別標識である
商品には普通固有の名前が付いている 商取引においては名前がないと困るからだ
君:「えっと、あの画面をタッチして演奏したり絵を描いたりできるやつ。大きいほうの。」 店員:「ああ、わかりました。LLですね。トモダチコレクションも一緒に如何ですか?」
サービスについても同様だ
友だち:「情弱って何?」 君:「ネット最大検索れ、カス!」
また異なる商品に同じ名前が付いていても困る
君:「iPadをポチした」 Amazon:「今回はASUS製とさせて頂きました!」
市場において特定の名称が特定の商品にしか付けられない つまり「iPad」がApple社のあの商品にしか付けられない ということが保証されれば 商取引において消費者を迷わすことはない このために企業や団体は商標を取得する 自社の商品を間違いなく手にして欲しいからだ
商標の多くは文字で構成されるけど それは図形であってもいい リンゴマークだって商品の識別標識として機能するからね また商標は文字と図形の組み合わせであってもいい
ただこの場合はこれらのセットで1つの商標になる点注意が必要だ そのセットとその一方とは厳密には別の商標になる
英語では商品につけた商標をtrademark(トレードマーク)といい サービスにつけた商標をservicemark(サービスマーク)という 日本では商標と言ったら両方を指す
よく名前の後にゴミみたいに(R)TM SMとか付いてることがある (R)はregistered(登録済み)を表しTM SMは登録前を一般に表す これは米国では権利者の一部義務となっているようだけど 日本では慣行的に用いられているに過ぎない 著作権表記の(c)(copyright)なんてのも同類だ
出願と登録は別物である
商標の権利を取得したい者は書類を一式揃えて 特許庁に申請しなければならない 申請に際しては何の商品(またはサービス)に どんな商標を使いたいのかを明示しなければならない これを出願という(商標法第5条)
しかし出願されたものがすべて 自動的に権利になるかと言えばそうではない 出願された商標が権利に適うものかを調べて そうでないものは拒絶したり修正させたりする これを審査という(商標法第15条)
何を調べるかといえば「いろいろ」である いろいろではあるが重要なのは3つだ
まずその商標が「商標足り得るか」ということを調べる これは商標法第3条に書いてある つまりその商標を対象の商品に付けたときに 他の商品との間で「識別標識」として機能するかを調べる 例えば「コンピュータプログラム」という商品や 「コンピュータプログラムの設計・作成・保守」というサービスに 「プログラミング言語」という商品名・サービス名を付けても 識別標識としては機能し得ないから審査官はこれを拒絶する
特に識別標識として機能するか否かは それが付される商品によって変わるということが重要だ 例えば「コンピュータプログラム」という商品に 「Perl」とか「Ruby」という商品名を付ければ それは識別標識として機能するだろうけれども 「宝石」という商品にこれらの商品名を付けても機能しない わかるよね?
次に第三者によって同じような商標が 既に取得されていないかを調べる これは商標法第4条1項11号と第8条に書いてある これも商標の機能からいって当然のことだけれども ここで難しいのは「同じような」ってところだ 法律では「同一又は類似」と表現される 例えば「perl」と「perls」「Ruby」と「Ruppy」「Apache」と「Adache」 これらが類似かどうかの判断は 専門家をして必ずしも容易ではない 同一又は類似の解説だけで分厚い本一冊が書けるくらいだ 基本はその音(称呼)で判断するけど いろいろなヴァラエティがあるのでここでは説明しない そういえば昔「Fender」ならぬ「Founder」 「Gibson」ならぬ「Gabson」ってギターメーカーあったっけ
ここで同じ商品同じ商標について2つの出願があった場合は 当然先に出願したほうに優先権がある では同じ日にあった場合はどうなるか 話し合いで決めさせる じゃあ話し合いが物別れになったら? この答えは宿題としよう
それからもう一点注意が必要なのは 仮に2つの商標が全く同じでも これらの商品やサービスが全く別なものである場合には 2つの出願は双方が登録され得るという点だ これについては後で述べる
次にその業界で既に広く使われているものと同じような商標か それと混同するような商標か否かを調べる 簡単に書くとこういうことなんだけれども おそらくオープンソース・プログラマにとっては 最重要規定になると思うのでここに法律を引用しておく
(商標登録を受けることができない商標) 第4条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
10.他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
15.他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第10号から前号までに掲げるものを除く。)
19.他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)
まずリファクタリングが必要だな 4条1項10号と19号は
def 周知商標(area=日本国内)
"他人の業務に係る商品類を表示するものとして#{area}において需要者の間に広く認識されている商標"
end
def 商品類
"商品若しくは役務"
end
def 同じような商品類
"同一又はこれらに類似する商品類"
end
def 同じような商標
"同一又はこれに類似する商標"
end
def 不正の目的
"不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的"
end
alias 役務 サービス
10.周知商標と同じような商標であつて、その商品類と同じような商品類について使用をするもの
19.周知商標(日本国内又は外国)と同じような商標であつて、不正の目的をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)
業界で周知の商標について 第三者が出願をしても登録を受けることはできない
きっとここでみんな胸をなで下ろしていると思う この規定があればオープンソースは守られると 基本的にその感覚は正しい
そうすると次に疑問が湧いてくる 「じゃあなぜ件のPerlは登録されたんだい?」
ここでは2つの可能性を上げておく 1つ目は 「審査官はこれらの判断をしていない又はできない」ということだ 最初の2つの審査(商標法第3条と第4条1項11号)と この3つ目の審査(4条1項10他)との違いは何か それは最初の2つは特許庁の内部資料で処理できるけれども 3つ目はいわゆるフィールドワークが必要であるということだ つまり審査においてその商標が 「需要者の間に広く認識されている」とか 「混同を生ずるおそれがある」とか 「不正の目的をもって使用する」とか の事項を判断するためにはその業界人の声が必要である
2つ目の可能性は 「業界で周知なPerlはプログラミング言語としてのPerlであって プログラムに関連するサービスで周知なわけではない」という判断だ 件の商標登録はその指定された商品が以下のようになっている
第42類 電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守、電子計算機の貸与、電子計算機プログラムの提供
少し分かりにくいけれどもこれらは コンピュータおよび そのプログラムに関連したサービス業務を示している 金融系システム開発とかWebサイト作成代行業とか Webサービス業などが絡みそうだ 一方でPerlは確かにプログラミング言語としては有名だけれども これらのサービスの名称として業界に広く知られているとは言えない そのように判断された可能性を考えることもできる1
それから個人的にはこの商標がなんで登録されたのか 別の理由(4条1項11号)でちょっと疑問がある その説明は後日することになると思う
と書いた後で 既に同じ疑問を提示している方発見! もう僕の言うことなし
Perlの商標の件について業界の友人に聞いてみた - nplll: Mutter
商標の出願というのは年間で大体12万件ある 300件/1日だ 特許庁の審査官は1300人くらいはいるらしいけど そのうち商標の担当がどれくらいなのかはわからない きっと100人もいないよ2 だからフィールドワークなんて現実的じゃない ちなみに特許は年間で35万件 1000件/1日だ
特許と違って商標の登録率 つまり登録件数/出願件数は8割以上と高いけど これは出願前の事前調査で登録の可能性が読みやすいのと 審査の過程で対象の商品を絞り込むことがよく行われるからだと思う ストレートに行けば登録までは半年 そうでない場合は何年も掛かることがある
ちょっと長くなっちゃったけど要するに 3つ目の審査はスルーされる可能性が高い ということを是非とも頭に入れておいて頂きたい (次回に続く)
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