商標の権利は国単位である

法律は国が定める 日本の商標法は日本が定めた アメリカの商標法はアメリカが定めた 国ごとに商標法があってそれぞれの国が定めるから それらはよく似ていてもちょっとずつ違う

そんな状況で日本でとった商標権が 「アメリカでも有効である」というのは理に合わない しかし商標法には「商標権の効力は日本国内に限る」とは わざわざ書いてない それは言わずもがなだからである

それはちょうど日本にいて「首相は誰?」と聞かれたら 日本の首相「菅直人」が正解であることと同じようなものだ1 だから「マイクロソフト株式会社」っていったら 誰が何と言おうとシアトルじゃなくて日本なんだよ2

こういう考えは「属地主義」といわれる ちなみに刑法にはこのことが明記されている > > 刑法第1条第1項 > (国内犯) > 第1条 この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する。

刑法でわざわざ規定を置いているのは 国際関係上のごたごたがいろいろとあるからなんだろうね

さて本筋に戻ろう 要するに特定の国で商標権を取得したければ その国で出願をし審査を経て登録を受けなければならない 君が日本だけじゃなくアメリカ フランス ドイツ オーストラリアで 「Ruby」ラーメンを独占的に売りたければ それぞれの国の特許商標庁に対して 商品「ラーメン」について 「Ruby」の商標の申請をしなければならない

それぞれの出願はそれぞれの国の判断で 登録されたり拒絶されたりする 結果として同じ商品・同じ商標について 国によって権利者が異なるという事態が普通に起こる

成立した権利についても 国によって侵害の判断の基準が異なり 結果として一国で侵害と認定された行為が 他国ではお咎めナシとなり得る それは想像がつくだろう

「国際商標」とか「世界特許」とかいう言葉をたまに耳にする そういった理想はあるものの 現状ではその種の権利は存在しない だからこういう言葉を耳にしたらその発信者には要注意である

しかしこれには2つの例外がある

1つ目は国際条約に基づく商標の国際登録出願だ これは日本の特許庁に対して 複数の国を指定した1つの国際登録出願をすれば その指定国において出願したものと取り扱う制度である3 ただこの制度は出願手続きを一まとめにするもので 審査つまり何を登録するべきかの判断を一元化するものではないし 複数の国で有効な商標権を成立させるものでもない

2つ目の例外は欧州共同体商標だ これは国際登録出願とは異なり 欧州共同体商標意匠庁にした1つの商標出願で EU加盟国全域をカバーする1つの商標権の取得を可能とする4

そうするとヨーロッパでの商標の取得には3つのルート つまり(1)各国特許庁への通常出願(2)日本特許庁への国際登録出願 (3)欧州共同体商標意匠庁5への出願 を検討する必要があることになる これらをブルジョワジーにパリルートとか マドプロルートとかEUルートとか言えば 一目置かれる きっと

以上のことをまとめると 原則として商標の権利は国ごとに成立する 複数の国で商売をするならば 各国ごとの商標の取得を検討する必要があるし 第三者による対象商標についての商標権の存在を 意識する必要がある

このことについて通常大きな混乱はない なぜなら自社商品をどこで売るかは 基本的に自分でコントロールできるからだ 国内の販売が順調にいって外国で販売する段になって このことを考慮すればいい そのとき他国での商標が既に他者に取得されていた場合 商品名を変更して販売するなどの対応をとれる

一方でオープンソース・プロダクトの場合 話は厄介だ ネットワークに乗ったプロダクトは製作者の意図に拘わらず ユーザのいる国に向かって勝手に拡散し 一瞬にして国境を越える 製作者はそれをまったくコントロールできない6 ユーザの国には既に他者の商標権が存在するかもしれない

どうしたらいいのだろうか 可能な限りの国の出願・権利状況を事前調査し 予防的にしかるべき対応とるべきか それとも厄介なことは忘れて鷹揚に構え 問題が生じたときに対応すればいいとするか

ベストプラクティスはないと思う ただ次のことはその判断に役立つかもしれない

基本的にこの手の問題はどんなに手を尽くしても 「これで完璧!」とはならない それはあらゆる予防的対策の本質的な問題で 最後には「諦めの境地」に入らざるを得ない

それから

'商標権の存在' != '侵害の発生'

である

商標権者が何らかのアクションを取って 初めて事件が顕在化するし 裁判所が認定して初めて侵害が成立する

日本だけで商標権は年間10万件 特許権は20万件成立する 著作権は権利の成立に法手続きを要さないから 文字通り無数に存在する 街は権利で溢れているのだ 何かをアウトプットすれば きっとどこかで誰かの権利に抵触している

だから権利というものに あまり神経質になりすぎるのもいけないし 急いてはいけないと思う

Paul Grahamの以下のエッセイは ソフトウェア特許に関するものだけど 商標の権利をどうするべきかという判断をする上でも 一読の価値があると思う

ポール・グレアム「ソフトウェア特許は有害か?」 - らいおんの隠れ家

一方で 不安で眠れない夜が続くのなら 安定剤を買って飲むことも悪くはない判断だと思う ただこれは今確実に発生する1の費用を取るか 将来X%の確率で発生するその数倍から数十倍の費用を取るかの 選択の問題なのだろう

ちなみに少しネットで調べてみたところ Yet Another Society(The Perl Foundation)では 少なくとも日本 米国 EU加盟国で「Perl」の商標出願をしており 日本を除く各国で権利が成立しているようだ7

日本

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米国

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Word Mark PERL Goods and Services IC 009. US 021 023 026 036 038. G & S: computer software for use in cross-platform software application, software component and website development; computer software for use in developing, analyzing, coding, checking and controlling other computer software; and computer software that implements a procedural and object-oriented programming language. FIRST USE: 20041113. FIRST USE IN COMMERCE: 20041113 Serial Number 76629502 Filing Date January 27, 2005 Published for Opposition September 19, 2006 Registration Number 3178940 Registration Date December 5, 2006 Owner (REGISTRANT) Yet Another Society DBA The Perl Foundation NON-PROFIT CORPORATION MICHIGAN P.O. Box 4353 Ann Arbor MICHIGAN 481064353

EU

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Filing date: 18/12/2007 Date of registration: 04/12/2008 Expiry Date: 18/12/2017 Nice Classification: 9 List of goods and services Computer software; computer hardware; computer peripherals; electronic devices; computer software for use in cross-platform development of software applications, software components and websites; computer software for use in developing, analyzing, coding, checking and controlling other computer software; and computer software that implements a procedural and object-oriented programming language.

Nice Classification: 16 List of goods and services Printed materials; publications; books; magazines; newspapers; newsletters; pamphlets; brochures; computer and software user manuals; computer and software documentation.

Nice Classification: 41 List of goods and services Educational services related only to computer hardware, software, programming languages and information technology; conducting conferences, seminars, classes, conventions and workshops in the fields of computer hardware, software, programming languages and information technology; computer and software training services.

Owner Name: Yet Another Society ID No: 318035 Country: UNITED STATES

(次回に続く?)

  1. この記述は2010年6月14日にされましたが、一月後の正解を保証しません
  2. すいません。意味不明なことを言って
  3. マドリッド協定議定書の概要について http://www.jpo.go.jp/seido/s_shouhyou/mado.htm
  4. OHIM - Home http://oami.europa.eu/ows/rw/pages/index.en.do
  5. EU加盟国の特許庁でも可
  6. もちろんこれはオープンソース・プロダクトだけの話ではない。すべてのネット上の非パッケージプロダクトおよびサービスに言えることである
  7. それ以外の国については未調査


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