((Rubyで) 書く (Lisp) インタプリタ)
Peter Norvigさんの((Pythonで) 書く (Lisp) インタプリタ)(青木靖さん訳)という記事がすごい。100行ほどのPythonコードで、Schemeのインタプリタの基本部分を書いている。Pythonのコードは見た目がRubyのコードとよく似ているので、Rubyしか知らない僕でも何となく読める。
この記事を解読してRuby版Schemeインタプリタを書いたら、インタプリタ Pyhon Scheme それからRubyのことも、もう少し分かるようになるかもしれない。こんなお得な勉強方法はないぞ。きっと。
そんなわけで…
以下では上記記事を参照しながら、Ruby版Schemeインタプリタを書いていきます。本文では適宜Norvigさんの解説およびコードを引用しつつ、自分の理解とRubyのコードをpythonのコードと対応させていきます。Rubyのインタプリタ名はlisr.rbとします。
インタプリタ
インタプリタはSchemeのプログラムを文字の列として読み込み、それを言語の構文規則に沿って内部表現へ変換する「構文解析(parse)」と、変換した内部表現を言語の意味論規則に基づいて処理する「実行(eval)」の2つの部分からなります。
構文解析(パーサ)
Schemeの構文はカッコ付きの前置記法であるリストを基本としています。PythonによるパーサがSchemeのリストをpythonのリストに変換するのと同じ方法で、RubyのArrayへ変換するパーサを作ります。
トークン生成
パーサはまず読込んだプログラムの文字列をその構文要素であるトークン(token)に分割します。
Pythonのコード
def tokenize(s):
"文字列をトークンのリストに変換する。"
return s.replace('(',' ( ').replace(')',' ) ').split()
カッコの前後に空白を挿入してsplitによる分割がうまくいくように前処理している点がポイントです。
同じことをRubyで実現します。
def tokenize(s)
s.gsub(/[()]/, ' \0 ').split
end
tokenize "(define plus1 (lambda (n) (+ n 1)))"
#=> ["(", "define", "plus1", "(", "lambda", "(", "n", ")", "(", "+", "n", "1", ")", ")", ")"]
やり方は同じですがここでは、String#gsubに正規表現を渡すことで両カッコの前処理を一度にしています。
トークン列の解析
次にトークンに分割された文字列を内部で処理できる表現に変換します。
PythonではSchemeのリスト、数、シンボルをそれぞれ、Pythonのリスト、数、文字列で表現しています。
Pythonのコード
def read_from(tokens):
"トークンの列から式を読み込む。"
if len(tokens) == 0:
raise SyntaxError('unexpected EOF while reading')
token = tokens.pop(0)
if '(' == token:
L = []
while tokens[0] != ')':
L.append(read_from(tokens))
tokens.pop(0) # pop off ')'
return L
elif ')' == token:
raise SyntaxError('unexpected )')
else:
return atom(token)
このコードは一件複雑そうですが例外処理を除いてよく見れば処理の構造が見えてきます。基本的にread_fromはトークンのリストを受け取り、先頭から1つづつ再帰的にトークンを解析します。
具体的にはその先頭が開きカッコか否かを判定します。そうでない場合それは数かシンボルなのでelse節のatomでトークンをpythonの対応する表現に変換して返します。
開きカッコである場合はリストを用意し、閉じカッコが現れるまでのトークンをここに入れますが、ここでread_fromを再帰的に呼び出すことによって、後続のトークンが適切に処理されるようにします。つまり後続のトークンの先頭が開きカッコである場合は、上記同様リストが用意されてそこに後続トークンを入れる処理がされ、そうでない場合はatomでpythonの表現に変換されます。
このコードは再帰を使ったエレガントで強力なアルゴリズムです。以上の処理によりschemeのリストはpythonのリストに変換されます。
同じことをRubyでも実現します。RubyではSchemeのリスト、数、シンボルをそれぞれRubyのArray、数、シンボルで表現します。
def read_from(tokens)
raise SytaxError, 'unexpected EOF while reading' if tokens.length == 0
case token = tokens.shift
when '('
l = []
until tokens[0] == ')'
l.push read_from(tokens)
end
tokens.shift
l
when ')'
raise SyntaxError, 'unexpected )'
else
atom(token)
end
end
コードはほぼPythonと同じですがここでは、if文に代えてcase式を使っています。「閉じカッコが来るまで」はwhileよりもuntilを使うと自然になります。
トークン変換
次にトークンをインタプリタの表現に変換する関数atomを見ます。
Pythonのコード
def atom(token):
"数は数にし、それ以外のトークンはシンボルにする。"
try: return int(token)
except ValueError:
try: return float(token)
except ValueError:
return Symbol(token)
最初にトークンのintへの変換を試み、次にfloatへの変換を試み、最後にSymbolへの変換を試みています。
対応するRubyのコード
module Kernel
def Symbol(obj); obj.intern end
end
def atom(token, type=[:Integer, :Float, :Symbol])
send(type.shift, token)
rescue ArgumentError
retry
end
同様の書き方もできますがここでは、rescue節でretryを使うことでコードを簡潔にしました。ただSymbolという関数メソッドが未定義なのでこれを用意しています。
パーサ・インタフェース
これらを統合したパーサのインタフェースは次のようになります。
Pythonのコード
def read(s):
"文字列からScheme式を読み込む。"
return read_from(tokenize(s))
parse = read
Rubyのコード
def read(s)
read_from tokenize(s)
end
alias :parse :read
Rubyでは関数(メソッド)はオブジェクトではないので、そのまま変数に代入することはできません。別名を付ける場合はalias文かModule#alias_methodを使います。Rubyではあまりこういう書き方を見ない気がするのですが、Pythonでは一般的な手法なのでしょうか。
さてパーサが完成しました。成果を見てみましょう。
% irb1.9 -rlisr
>> parse "(+ 3 (* 4 5))"
# => [:+, 3, [:*, 4, 5]]
>> parse "(define plus1 (lambda (n) (+ n 1)))"
# => [:define, :plus1, [:lambda, [:n], [:+, :n, 1]]]
>> parse "(define area (lambda (r) (* 3.141592653 (* r r))))"
# => [:define, :area, [:lambda, [:r], [:*, 3.141592653, [:*, :r, :r]]]]
うまくいっているようです1。
余分ですがStringのメソッド群を使った、強引な(?)パーサ版(brute_parse)も書いてみました。
def brute_parse(s)
s = tokenize(s).map { |token|
if token =~ /[()]/ then token.tr('()', '[]')
elsif token == '=' then ":'='"
elsif atom(token).instance_of?(Symbol) then ":#{token}"
else token
end
}.join(",").gsub('[,', '[')
eval s
end
tokenizeメソッドでプログラムをトークンに分割した後、mapメソッド内で各トークンに適切な処理を施します。カッコは角カッコに変換し、数字以外のトークンはRubyのシンボルに変換します。Rubyでは代入=のシンボル表記:=は許されていないので、表記方法を少し変えています。これらの変換されたトークンをカンマで接続します。最後に開き角カッコの後の不要なカンマを削除します2。一応動作しますがやはり元のパーサのほうがエレガントです。
実行(eval)
パーサが完成したので次にevalです。
このSchemeには3つの構文的構成物つまり変数、定数(数)、手続き呼出しと、6つの特殊形式つまり、クォート(quote)、条件式(if)、代入(set!)、定義(define)、手続き(lambda)、逐次式(begin) しかありません。特殊形式は(set! x y)のように先頭に、上記の何れかのキーワードを持ったリストの形式をとります。リストの先頭が上記キーワードに該当しない場合(例えば(area 3))、それは手続き呼出しとして扱われます。
pythonのコード
def eval(x, env=global_env):
"環境の中で式を評価する。"
if isa(x, Symbol): # 変数参照
return env.find(x)[x]
elif not isa(x, list): # 定数リテラル
return x
elif x[0] == 'quote': # (quote exp)
(_, exp) = x
return exp
elif x[0] == 'if': # (if test conseq alt)
(_, test, conseq, alt) = x
return eval((conseq if eval(test, env) else alt), env)
elif x[0] == 'set!': # (set! var exp)
(_, var, exp) = x
env.find(var)[var] = eval(exp, env)
elif x[0] == 'define': # (define var exp)
(_, var, exp) = x
env[var] = eval(exp, env)
elif x[0] == 'lambda': # (lambda (var*) exp)
(_, vars, exp) = x
return lambda *args: eval(exp, Env(vars, args, env))
elif x[0] == 'begin': # (begin exp*)
for exp in x[1:]:
val = eval(exp, env)
return val
else: # (proc exp*)
exps = [eval(exp, env) for exp in x]
proc = exps.pop(0)
return proc(*exps)
isa = isinstance
Symbol = str
evalの中身はif文による上記の9ケースの場合分け処理になっています。evalに与えられた内部表現(パースされたプログラム文字列)がリストである場合、特殊形式の何れかの処理でその構成要素が再帰的にeval処理されます。そしてeval対象がシンボルであれば、環境を定義したenvオブジェクトを参照してその実体を返します。シンボルでもリストでもない場合は、数字などの定数としてそのまま返します。eval対象が特殊形式でないリストである場合(else節)、これを手続きとしてその内容を実行します。
なおevalの第2引数は環境オブジェクトenvを取ります。これは内部表現を評価する際にそれが定義された環境を区別する必要があるためです。これによってローカル変数がグローバルに評価されるようなことがなくなります。初期値はグローバル環境にセットされます。
対応するRubyのevaluate3は以下のようになりました。
def evaluate(x, env=$global_env)
case x
when Symbol
env.find(x)[x]
when Array
case x.first
when :quote
_, exp = x
exp
when :if
_, test, conseq, alt = x
evaluate((evaluate(test, env) ? conseq : alt), env)
when :set!
_, var, exp = x
env.find(var)[var] = evaluate(exp, env)
when :define
_, var, exp = x
env[var] = evaluate(exp, env)
nil
when :lambda
_, vars, exp = x
lambda { |*args| evaluate(exp, Env.new(vars, args, env)) }
when :begin
x[1..-1].inject(nil) { |val, exp| val = evaluate(exp, env) }
else
proc, *exps = x.inject([]) { |mem, exp| mem << evaluate(exp, env) }
proc[*exps]
end
else
x
end
end
Rubyではcase式を使って条件分岐を行いました。手続き呼出し(内側のelse節)はPythonではリスト内包を使っていますが、Rubyにはそのような構文はないので代わりに、Enumerable#injectを使います。proc[exps]はproc.call(exps)と等価でprocの実行です。Python同様Rubyでも多重代入が便利に使えます。
環境クラス定義
次に環境オブジェクトのためのクラスを定義します。
Pythonのコード
class Env(dict):
"環境: ペア{'var':val}のdictで、外部環境(outer)を持つ。"
def __init__(self, parms=(), args=(), outer=None):
self.update(zip(parms,args))
self.outer = outer
def find(self, var):
"var が現れる一番内側のEnvを見つける。"
return self if var in self else self.outer.find(var)
環境クラスENVはdictのサブクラスで、オブジェクト生成時に与えられた変数とその実体を辞書として保持します。zip関数で変数のリストと実体のリストから辞書を生成しマージします。そのオブジェクトが内部環境を構築するつまり外部環境を持っている場合、それを第3引数として渡してオブジェクトを生成します。これはeval関数内のlambdaにおける処理で使われています。
findメソッドは与えられた変数に対応する実体を返します。その環境で変数が定義されていない場合、その1つ外側の環境で対応する実体を探します。
対応するRubyコード
class Env < Hash
def initialize(parms=[], args=[], outer=nil)
h = Hash[parms.zip(args)]
self.merge!(h)
@outer = outer
end
def find(key)
self.has_key?(key) ? self : @outer.find(key)
end
end
外部環境outerはオブジェクトの外からアクセスする必要はないので、インスタンス変数@outerに保持します。Rubyのif修飾子ではelse節を書けないので、代わりに3項演算子?:を使います。
グローバル環境オブジェクト
環境クラスが定義できたのでこれを使ってグローバル環境オブジェクトを生成します。グローバル環境にはSchemeの組込み手続きを含めます。
pythonのコード
def add_globals(env):
"環境にScheme標準の手続きをいくつか追加する"
import math, operator as op
env.update(vars(math)) # sin, sqrt, ...
env.update(
{'+':op.add, '-':op.sub, '*':op.mul, '/':op.div, 'not':op.not_,
'>':op.gt, '<':op.lt, '>=':op.ge, '<=':op.le, '=':op.eq,
'equal?':op.eq, 'eq?':op.is_, 'length':len, 'cons':lambda x,y:[x]+y,
'car':lambda x:x[0],'cdr':lambda x:x[1:], 'append':op.add,
'list':lambda *x:list(x), 'list?': lambda x:isa(x,list),
'null?':lambda x:x==[], 'symbol?':lambda x: isa(x, Symbol)})
return env
global_env = add_globals(Env())
add_globals関数は環境オブジェクトにSchemeの組込み手続きを追加します。この外部環境オブジェクトはグローバル変数global_envで参照できるようにセットされ、その結果どこからでもアクセスできるようになります。
対応するRubyのコードです。
def add_globals(env)
env.merge!({
:+ => ->x,y{x+y}, :- => ->x,y{x-y},
:* => ->x,y{x*y}, :/ => ->x,y{x/y},
:not => ->x{!x}, :> => ->x,y{x>y},
:< => ->x,y{x<y}, :>= => ->x,y{x>=y},
:<= => ->x,y{x<=y}, :'=' => ->x,y{x==y},
:equal? => ->x,y{x.equal?(y)}, :eq? => ->x,y{x.eql? y},
:length => ->x{x.length}, :cons => ->x,y{[x,y]},
:car => ->x{x[0]}, :cdr => ->x{x[1..-1]},
:append => ->x,y{x+y}, :list => ->*x{[*x]},
:list? => ->x{x.instance_of?(Array)},
:null? => ->x{x.empty?}, :symbol? => ->x{x.instance_of?(Symbol)}
})
env
end
$global_env = add_globals(Env.new)
RubyではPythonのmathモジュールのようなものはないので、すべてlambdaで生成しています。Ruby1.9で導入された->表記がこういうところでは便利です。Rubyではグローバル変数は変数名の前に$を前置します。
ただRubyではあまりこういう書き方は見ません。Rubyistならブロックを使うでしょう。
class Env < Hash
def initialize(parms=[], args=[], outer=nil)
h = Hash[parms.zip(args)]
self.merge!(h)
self.merge!(yield) if block_given?
@outer = outer
end
def find(key)
self.has_key?(key) ? self : @outer.find(key)
end
end
$global_env = Env.new do
{
:+ => ->x,y{x+y}, :- => ->x,y{x-y},
:* => ->x,y{x*y}, :/ => ->x,y{x/y},
:not => ->x{!x}, :> => ->x,y{x>y},
:< => ->x,y{x<y}, :>= => ->x,y{x>=y},
:<= => ->x,y{x<=y}, :'=' => ->x,y{x==y},
:equal? => ->x,y{x.equal?(y)},
:eq? => ->x,y{x.eql? y}, :length => ->x{x.length},
:cons => ->x,y{[x,y]}, :car => ->x{x[0]},
:cdr => ->x{x[1..-1]}, :append => ->x,y{x+y},
:list => ->*x{[*x]},
:list? => ->x{x.instance_of?(Array)},
:null? => ->x{x.empty?},
:symbol? => ->x{x.instance_of?(Symbol)}
}
end
対話的Lispインタプリタ
最後に対話的インタプリタつまりユーザからSchemeプログラムの入力に対して、その評価結果をLispの文字列にして出力するものを追加します。
Pythonのコード
def to_string(exp):
"PythonオブジェクトをLispの読める文字列に戻す。"
return '('+' '.join(map(to_string, exp))+')' if isa(exp, list) else str(exp)
def repl(prompt='lis.py> '):
"read-eval-print-loopのプロンプト"
while True:
val = eval(parse(raw_input(prompt)))
if val is not None: print to_string(val)
to_string関数はインタプリタからの出力をLisp形式の文字列に変換します。raw_input関数は組み込み関数でpromptを表示して、ユーザの入力を促し入力があった場合それを返します。
対応するRubyのコード
def to_string(exp)
puts (exp.instance_of?(Array)) ? '(' + exp.map(&:to_s).join(" ") + ')' : "#{exp}"
end
require "readline"
def lepl
while line = Readline.readline("lisr> ", true)
val = evaluate(parse line)
to_string(val) unless val.nil?
end
end
Rubyではraw_inputの代わりにReadlineライブラリを使います。
以上でRuby版Lispインタプリタの完成です!
早々norvigさんの記事にある演算を試してみましょう
% ruby1.9 lisr.rb
lisr> (define area (lambda (r) (* 3.141592653 (* r r))))
lisr> (area 3)
28.274333877
lisr> (define fact (lambda (n) (if (<= n 1) 1 (* n (fact (- n 1))))))
lisr> (fact 10)
3628800
lisr> (fact 100)
933262154439441526816992388562667004907159682643816214685929638952175999932299156089414639761565182862536979208272237582
51185210916864000000000000000000000000
lisr> (area (fact 10))
41369087198016.19
lisr>
うまくいきました!
ところが…
lisr> (define first car)
lisr> (define rest cdr)
lisr> (define count (lambda (item L) (if L (+ (equal? item (first L)) (count item (rest L))) 0)))
lisr> (count 0 (list 0 1 2 3 0 0))
lisr.rb:17:in `block in add_globals': undefined method `+' for false:FalseClass (NoMethodError)
from lisr.rb:57:in `[]'
これがうまくいきません…
というかcountの定義が僕には理解できません4。
自分のcountの定義で試してみると、
lisr> (define first car)
lisr> (define rest cdr)
lisr> (define count (lambda (item L) (if (= 0 (length L)) 0 (if (= item (first L)) (+ 1 (count item (rest L))) (count item (rest L))))))
lisr> (count 0 (list 0 1 2 3 0 0))
3
lisr> (count (quote the) (quote (the more the merrier the bigger the better)))
4
これはうまくいくのですが…
最後にちょっとすっきりしませんけど、十分に勉強になったのでまあいいとしますか。
(追記:2010-11-13) Ruby実装の本格的なLispインタプリタを書いている方がいました。gem install nendoでインストールし、nendoで対話型インタプリタが実行できます。すごい!
Nendo – * Nendo programming languag
(追記:2014-6-29) 一部コードを修正しました。
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